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富山地方裁判所高岡支部 昭和60年(ワ)87号 判決

原告

高林登喜子

原告

高林良信

原告

高林洋信

原告

高林直人

右原告高林洋信及び同高林直人未成年につき法定代理人親権者

高林登喜子

右原告ら四名訴訟代理人弁護士

樋爪勇

被告

藤川商産株式会社

右代表者代表取締役

藤川俊夫

主文

1  被告は、原告高林登喜子に対し、金三三〇万円、原告高林良信、同高林洋信および同高林直人に対し、各自金一四〇万円宛、並びにこれらに対する昭和六〇年六月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告高林登喜子に対し金四〇〇万円、原告高林良信、同高林洋信及び同高林直人に対し各自金二〇〇万円宛、並びにこれらに対する昭和六〇年六月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五九年三月五日元請人訴外能登鉄工建設から新湊市、庄西町二丁目所在の県営右岸三号上屋倉庫の屋根スレート補修工事一式(以下、本件工事という)を請負い、被告の大島営業所所属の従業員高林信一郎(以下、信一郎という)に対し、被告の子会社の従業員を指揮して、右請負った本件工事をなすことを命じた。

2  信一郎は、昭和五九年三月八日、午前一一時二五分頃、右業務命令に従い、前記屋根にのぼりスレート修理の作業中、スレート葺の屋根を踏み抜き、約一〇メートル下のコンクリート床上に転落して脳挫傷、内臓破裂の傷害を受け、同日午後零時一五分頃新湊市民病院で死亡した(以下、本件事故という)。

3  被告の責任

(一) 被告は、労働契約上の使用者として被用者である信一郎に対し、労働災害を防止するための措置を講ずべき安全配慮の義務があるというべきであるところ、本件工事である高所のスレート葺屋根の上でのスレート補修作業を行わせる場合には、事業者である被告は、安全ネットを張るなどして労働者の踏み抜きによる墜落防止措置を講じなければらないところ、被告は、右義務に違反し、右の措置を全くとらなかったため、本件事故は発生したものである。

(二) また、被告の大島営業所の責任者であった千田某は、被告の事業を監督する者としてその業務を執行するにあたって、被告の従業員である信一郎が本件作業の如く危険な業務を行うにあたっては、同人のために高所からの墜落を防止し、同人の生命・身体に危害が及ばないような措置を講ずべき義務があるのに、これを怠り何らの措置を講じなかったため、本件事故は発生した。

4  損害(慰謝料)

(一) 信一郎は、本件事故当時四七才であり、その生命を失ったことによる精神的苦痛に対する慰謝料は、六〇〇万円が相当である。

(二) 原告高林登喜子は信一郎の配偶者として、原告高林良信、同高林洋信及び同高林直人は信一郎の子として、それぞれ信一郎の相続人であり、右六〇〇万円の損害賠償請求権を法定相続分に従い相続により取得した、右額は、原告高林登喜子が三〇〇万円、その余の原告らが各自一〇〇万円である。

(三) また、原告高林登喜子はこれから先まだ長期間にわたって連れ添うべき夫を失って前途に多大の不安を感じており、その精神的苦痛を慰謝するには三〇〇万円が相当であり、さらに、その余の原告らは本件事故当時いずれも未成年であり、これから父の援助を最も必要とするときに父を失ったもので、その精神的苦痛は多大なものであるが、これを慰謝するには少くとも各自二〇〇万円が相当である。

5  よって、原告らは被告に対し、安全配慮義務違反ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害のうち原告高林登喜子につき四〇〇万円、その余の原告らにつき各自二〇〇万円、およびこれらに対する本訴状送達の日である昭和六〇年六月八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1(一)  請求原因1の事実のうち、被告が昭和五九年三月五日元請人能登鉄工建設から本件工事を請負ったこと、信一郎が被告の従業員であったことは認め、被告が信一郎に対し本件工事をなすことを命じたことは否認する。

(二)  同2の事実のうち、信一郎が昭和五九年三月八日に本件倉庫のスレート葺屋根から墜落して死亡したことは認める。

(三)  同3ないし5は、いずれも争う。

2(一)  被告は、スレート等の販売及びその付帯工事請負を業とする会社であるが、請負工事については、すべて被告専属の下請に発注してなしていたもので、被告の従業員が直接工事に携わることはなかった。そして、本件工事についても、下請の富山スレートに発注して、富山スレートの従業員三名が本件工事に従事してこれをなしていたものであって、被告は信一郎に対し、本件工事をなす旨の業務命令を出していない。

(二)  被告のスレート販売・工事については、その受注、安全対策も含めすべて信一郎がこれまで管理運営してきており、本件工事についても、被告は信一郎に一切任せていたものであって、本件事故につき被告には法的責任はない。

(三)  本件工事は、被告が能登鉄工建設から請負ったものであるが、能登鉄工建設から特に安全対策等についての指示はなかったし、請負代金も安全対策費は考慮されていないもので、被告としては能登鉄工建設の指示に従って本件工事をなせば足りるというべきものであり、被告は独自にその安全対策の措置を講じるべき立場になかった。また、本件工事に際し、能登鉄工建設は被告に対し能登鉄工建設が事前に本件工事個所の屋根の除雪をしておく旨約束しておりながら、これをなさなかったことが本件事故の一因になっているものと考えられる。

(四)  なお、被告は、高所作業のため命綱を日頃用意しており、そして、信一郎は本件工事現場において、右命綱を着用していたが、命綱を固定していなかったか、あるいは着装の仕方が悪かったため、本件墜落事故が発生したものである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実のうち、被告が昭和五九年三月五日元請人能登鉄工建設から新湊市庄西町二丁目所在の県営右岸三号上屋倉庫の屋根スレート補修工事一式を請負ったこと、信一郎が被告の大島営業所所属の従業員であること、及び同2の事実のうち、信一郎が右三月八日に右スレート葺屋根から墜落し、死亡したことは、いずれも当事者間に争いがなく、また、右争いのない事実に(証拠略)、被告代表者本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

被告は、セメント、生コン、エクステリア、スレート等の販売を主たる営業とする会社であるところ、スレートの販売及びこれに伴う付帯工事は、被告の大島営業所が全面的に担当することになっていたので、能登鉄工建設から受注した本件スレート補修工事も大島営業所が担当することになった。そこで、大島営業所所属の被告従業員信一郎は、昭和五九年三月八日、被告の従業員井上と、被告が本件工事を再下請に出した富山スレートの従業員二名と共に本件工事現場に赴き、能登鉄工建設の従業員で本件工事の現場監督者宮内の監督の下に、本件倉庫のスレート葺屋根にのぼり、補修個所のスレートの取り替え作業にとりかかったが、同日午前一一時二五分頃、スレートを踏み抜いて、九メートル八三センチ下の床に墜落し、脳挫傷、内臓破裂、血気胸、多発性肋骨骨折、左鎖骨骨折の傷害を受け、このため同日午後零時一五分、新湊市民病院で死亡した。

二  被告の責任

1  前掲一の事実に加えて、(証拠略)、被告代表者本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、本件工事現場である県営右岸三号上屋倉庫は、長さ約一二〇メートル、幅約二〇メートル、床から棟までの高さ一二メートル二九センチメートルの鉄骨造りであり、屋根は、約五四センチメートルの間隔にわたされた「もや」(下幅一二センチメートル、たて一五センチメートル)に厚さ六ミリメートルのスレートを葺いたものであるが、右スレートは新しいうちならば普通の大人の体重程度の重量を支えることはできるが、本件のスレートはかなり古くて脆く破損し易い状態にあり、信一郎らは、右「もや」のあるスレート上に乗ってスレート補修工事をしなければならなかったこと、なお、「もや」の位置は、その個所に釘が打ち出されていることで解る状態となっていたこと、本件工事は、スレート葺屋根のスレート全部を取り替えるというのではなく、請負代金(結局、注文者の予算)の範囲内で特に補修を要する個所のスレートのみを取り替えるというものであったこと、そのため、大島営業所でスレート工事に最も精通し、工事の事実上の責任者であった信一郎としては、自ら本件屋根に上がって実際にスレートの補修個所を定める必要があったこと、本件事故当時、本件倉庫の屋根には約五センチメートルの雪積があり、信一郎らは除雪しながら、補修個所を確めてスレート補修工事をしなければならなかったこと、信一郎らはヘルメットを着用し、一応命綱を着装していたが(但し、信一郎については命綱を着装していたかどうか判然としないが、大島営業所には用意されていた)、歩み板、落下防止の網等の安全を確保する設備はなされていなかったこと、本件事故後、被告は、本件工事現場に落下防止の網を設置したり、クレーンで吊り上げたゴンドラに人が乗り込んで作業をする方法を採り入れたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実からすると、本件事故の主たる原因は、本件現場に歩み板を設け、防網を張るなど踏み抜きによる墜落防止措置を講じられていなかったことによるものと推認される。

2  ところで、信一郎は、被告の従業員であるから、被告は信一郎に対し、労働契約に基づく安全配慮義務を負うものというべきである。

そして、被告は、右義務に基づいて本件工事現場に前記認定の踏み抜きによる墜落防止措置を講ずべきであったにもかかわらず、右義務に違反し、何等の措置を講じなかった(但し、後記のとおり命綱の用意はされていた)のであるから、被告は信一郎に対し、後記損害を賠償する義務があるといわねばならない。

3  もっとも、

(一)  被告代表者及び原告高林登喜子各本人尋問の結果によれば、被告は、スレートの販売及びその付帯工事をすべて大島営業所の担当としていて、同営業所では、その所長であった信一郎が(但し、本件事故当時は責任者が千田某に代わっていた)、スレートの販売及び付帯工事につき、その契約締結、工事の受注、工事の管理運営を任かされて取り仕切ってきており、しかも、被告のスレート販売付帯の請負工事については、被告の専属下請企業である富山スレートに下請に出してなされることになっていて、本件工事も右富山スレートに下請に出され、しかも、被告は信一郎に対し、本件工事につき、自ら屋根に登って作業する旨の業務指示を出していないが、しかし、信一郎は、これまで工事が下請に出された場合においても、自ら工事現場に赴いて工事に携わってきたし、このことにつき、被告は信一郎に対し、請負った工事につき、自らはその作業をしないようにとの指示はしておらず、また、本件工事においては、被告はその従業員井上を本件工事現場に派遣していることが認められ、加えて、事業主から特段の指示がなくとも、業務責任者としてその請負工事の業務を任かされている者は、その工事を下請に出したにしても、下請に任せ切りにせず、自ら工事現場に赴いて作業の指示、監督をしたり、あるいは場合により作業の手伝いをするのはその職責遂行上当然のことというべきであるところ、大島営業所においてスレート工事に最も精通し、それを任されていた信一郎においては、前記した本件工事の特殊性からして、本件工事現場に赴いて作業指示をしたり、自ら作業の手伝いをしたりすることは、同人の職責の遂行上当然必要なことであり、したがって、信一郎が本件屋根に上がって本件の作業をなすことは、同人の業務行為というべきであり、被告の業務指示に反した行為とか業務外の行為などとは到底いえない。

(二)  次に、右のとおり、信一郎はスレート工事の管理運営を任されていた責任者の立場にあった者であるから、工事が安全に遂行されるよう配慮すべき職務上の義務があったものというべきであり、この点、信一郎は本件工事につき格別の安全対策を講じなかった点で手落ちがあったことは否めないが、しかし、だからと言って、雇用主である被告の信一郎に対する労働契約に基づく安全配慮義務を負うことを否定することはできない。

(三)  また、被告は、本件工事の元請人能登鉄工建設から特に安全対策についての指示を受けてないし、被告の請負代金も安全対策費は考慮されていないもので、被告としては能登鉄工建設の指示に従って本件工事をなせば足りる旨主張するが、しかし、右能登鉄工建設が安全対策についての指示をなさず、請負代金も安全対策費が考慮されていないものであったにしても、事業主である被告は、その従業員の信一郎に対して独自に前記安全配慮の義務を負うものであることは明らかであるし、さらに、本件事故につき右能登鉄工建設に何んらかの法的責任があるとしても、被告の信一郎に対する安全配慮義務の履行懈怠によって生じた本件事故につき、被告はその責を免れるものではない。

(四)  なお、大島営業所には命綱が備えられていて、信一郎は本件工事に際してもこれを用意していたことが窺われ、信一郎が命綱の端を確実に固定し、かつ、正しくこれを着装していたならば、同人がスレート葺屋根を踏み抜いても宙吊りになるだけで、床に墜落死亡することはなかったものと考えられなくはない(もっとも、命綱の端を確実に固定することが容易であったかどうか疑問があるが)。しかしながら、事業主は、前記安全配慮義務に基づき、従業員に多少の過誤があっても事故が生じないよう万全を尽くすべき義務があるところ、被告は右義務に基づき本件工事現場に前記認定の踏み抜きによる墜落防止措置を講ずべきであったにもかかわらず、右義務に違反し、その措置を講じなかったものであるから、仮に、信一郎において本件事故につき右過失があったにしても、被告は、本件事故につきその責を免れるものではない。

三  そこで、原告ら請求の損害賠償(慰謝料)額について検討する。

(証拠略)、原告高林登喜子本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、信一郎は、本件事故当時、四七才の男子であり、一家の支柱であって、未だ成年に達しない子三名がいたこと、原告高林登喜子は信一郎の妻として、その余の原告ら三名はいずれも子として、それぞれ信一郎の相続人であって、信一郎の有する権利義務を法定相続分の割合で相続したことが認められ、これらの事実に、その他本件にあらわれた一切の事情を総合考慮すると、信一郎の取得した慰謝料は三六〇万円、原告ら固有の慰謝料は、原告高林登喜子につき一五〇万円、その余の原告らにつき各八〇万円とするのが相当であり、したがって、原告らの慰謝料額は、相続分と固有分を合わせると、原告高林登喜子につき三三〇万円、その余の原告らにつき各一四〇万円となる。

四  結論

そうすると、被告は、原告高林登喜子に対し三三〇万円、その余の原告らに対し各一四〇万円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和六〇年六月九日から右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

よって、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を適用し、なお、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 千川原則雄)

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